2019.05.20
病棟看護師 │ 飯浜 詩子
ミシ、ミシ、ザザ、ズズ、ザザ、ズズ。今日も聞こえてきた。少しずつ近づいてくる。思わず息をひそめて部屋の扉を押さえる。
私が小学生の頃、祖父は認知症となり、中学生の頃には症状はどんどん進行した。私を含め兄弟たちは認知症を理解しておらず、「おじいちゃん、またぼけちゃったね」とよく話していた。祖父は穏やかで優しく頑固な性格だった。その祖父がいつの日からか、食べたことを忘れ、食事はまだかと何度も言ってきたり、いつのまにかいなくなり頭や顔面から血を流して帰ってくる。そのうち、近所の方から、お宅のおじいちゃんが裸足で外を歩いていると連絡がくることもあった。昼夜逆転し、夜中に起きてキッチンにあるものを食べていたり、2階にあがってきて部屋の扉を開けに来る。夜中にミシミシと階段を昇り、すり足でザザ、ズズという足音が聞こえてくる。私の部屋の扉は、私が押さえているのですぐに諦めて、別な兄弟の部屋の扉を開け、「何やっているの」と怒られ、1階にまた戻っていく。何度もその行動は繰り返されており、足音がない夜はホッとしたもんだった。「おじいちゃん、さっきも言ったっしょ。それはダメ。ごはん?さっき食べたしょ。」こんなやりとりも日常茶飯事で、難聴のため、皆、大声となり口調はだんだんときつくなっていく。そんな時の祖父の悲しそうな表情が今でも思い出される。
自分の言葉や態度は、祖父の認知症を進行させていたということに気づくのはちょっと遅かった。祖父が毎晩のように2階にあがってきたのは、誰かを探していたのか、寂しかったのか、当時は理由を考えることはしなかった。そして、祖父のあの足音は聞こえなくなった。
祖父の存在は、私が看護師としてどうあるべきかを考える機会になっている。そして、祖父と同じ思いはもうさせたくないと思う。あの時、もっと優しく話しかけていれば、もっとゆっくり話を聞いていれば、何度でも同じ話を根気よく聞いていれば、あんな悲しい祖父の顔を見なくて済んだのにと今でも悔やまれる。同じ後悔を繰り返さないよう、これからも患者さんと向き合っていきたいと思う。
病棟看護師 │ 飯浜 詩子
ミシ、ミシ、ザザ、ズズ、ザザ、ズズ。今日も聞こえてきた。少しずつ近づいてくる。思わず息をひそめて部屋の扉を押さえる。
私が小学生の頃、祖父は認知症となり、中学生の頃には症状はどんどん進行した。私を含め兄弟たちは認知症を理解しておらず、「おじいちゃん、またぼけちゃったね」とよく話していた。祖父は穏やかで優しく頑固な性格だった。その祖父がいつの日からか、食べたことを忘れ、食事はまだかと何度も言ってきたり、いつのまにかいなくなり頭や顔面から血を流して帰ってくる。そのうち、近所の方から、お宅のおじいちゃんが裸足で外を歩いていると連絡がくることもあった。昼夜逆転し、夜中に起きてキッチンにあるものを食べていたり、2階にあがってきて部屋の扉を開けに来る。夜中にミシミシと階段を昇り、すり足でザザ、ズズという足音が聞こえてくる。私の部屋の扉は、私が押さえているのですぐに諦めて、別な兄弟の部屋の扉を開け、「何やっているの」と怒られ、1階にまた戻っていく。何度もその行動は繰り返されており、足音がない夜はホッとしたもんだった。「おじいちゃん、さっきも言ったっしょ。それはダメ。ごはん?さっき食べたしょ。」こんなやりとりも日常茶飯事で、難聴のため、皆、大声となり口調はだんだんときつくなっていく。そんな時の祖父の悲しそうな表情が今でも思い出される。
自分の言葉や態度は、祖父の認知症を進行させていたということに気づくのはちょっと遅かった。祖父が毎晩のように2階にあがってきたのは、誰かを探していたのか、寂しかったのか、当時は理由を考えることはしなかった。そして、祖父のあの足音は聞こえなくなった。
祖父の存在は、私が看護師としてどうあるべきかを考える機会になっている。そして、祖父と同じ思いはもうさせたくないと思う。あの時、もっと優しく話しかけていれば、もっとゆっくり話を聞いていれば、何度でも同じ話を根気よく聞いていれば、あんな悲しい祖父の顔を見なくて済んだのにと今でも悔やまれる。同じ後悔を繰り返さないよう、これからも患者さんと向き合っていきたいと思う。
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